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今回の旅行計画で一番悩んだのがお宿です。
初めは大阪か和歌山市内に宿泊して、高野山へ日帰りで行こうと考えていましたが、高野山の宿坊に泊まることにしました。
①関東からでは移動時間も含めて結構遠い。
②高野山で参加したいツアーがあった。(これは結局参加できませんでした)
③今まで、比叡山、日光、恐山、伊勢、出雲などすぐ近くに泊ることで、ゆっくり参拝できた。
というのが宿坊に決めた理由です。宿坊は2回目です
今回の旅行は息子は「宿坊は嫌」と言い参加していません。
これも迷ったんですよね。宿坊じゃなければ行くって・・・・。
宿坊自体が嫌なのではなく“精進料理”が嫌なんだって^^;
「黙ってたけど比叡山、恐山の食事が苦痛だった」そうです。
高野山の宿坊
でも高いんですよね。
歴史のある寺院はそれぞれの宿坊に特色があるので何処にするかも悩みます。
宿坊・赤松院
赤松院は、今から1000年程前に聖快阿闍梨によって開基、山本坊と呼ばれていました。
室町時代には後醍醐天皇の皇子が住職になり、護衛だった赤松則村が随従して入道となり赤松院と改称しました。
江戸時代は細川家や有馬家の菩提寺だったそうです。
由緒あるお寺さんですが、ここに決めたのは奥の院に近いという理由です。
▼昼間は開いていた門は夕方には閉まりました。
写真はチェックイン後にコンビニへ買い出しに行って帰ってきた時に撮ったものです。
予約サイトを比較して、一番安かった日本旅行から予約しました。
トイレ・バス付のおまかせで、行ってみるまで部屋の広さは分かりません。
参考までにネットの宿泊記をチェックしたところ、本館と新館があるようでした。
▼門をはいると小さい石庭があり、正面が宿坊の入り口でした。
左奥へ通じる道の先はたぶん新館の入り口かな。ここを通る外国人が多かったです。
チェックインというか、名前を伝えて僧侶というよりは学校の用務員さんのような方がカギを持って部屋まで案内してくれました。
くねくねと廊下を歩いてこのドアを開けて
階段をあがると
部屋に着きました。
階段下の扉がこの部屋の入り口というちょっと変わった作りです。
8畳+6畳で充分な広さです。
部屋には金庫、ポット、サブレがありました。
サブレは持ったら粉々だったので戻しました。
割れてるとかのレベルじゃなく、いつからあるのか・・・・・。
TVは2台。
旦那君「TVは1台でいいから冷蔵庫を置いてほしい」確かに(^_^;)
▼6畳の和室にお布団が敷いてありました。
旦那君と娘はクーラーのある部屋がいいと、布団を引きずって8畳の和室へ移動(笑)
襖は開けっ放しで寝たのでここでも問題ありません。扇風機もありました。
▼トイレはウオッシュレットです。
▼洗面所に歯ブラシセットとドライヤーがあります。
その他は無いことが分かっていたので、必要な物は持参しました。
お風呂は一般家庭と同じです。
写真が激しくボケたので載せません(笑)
▼ベランダ付きです。
でも、畳から高さ60cmくらいの窓で、窓枠に頭をぶつけそうで出入りがちょっと大変です。
▼この庭の景色は良かったです。
二千坪の回遊式庭園で茶室や赤い欄干の太鼓橋があるのですが、暑さで散策を断念。
茶室の廊下は鴬張りだそうです。
奥の院ナイトツアー
参加したかったツアーがこれです。
今回の旅行は事情があって、一度予約をキャンセルして、まったく同じ旅程で予約を取りなおしました。
その間に定員が埋まってしまったのです。
“3~4kmあるので歩きについてこれない方、写真を撮りたい方は個人で行く事をおすすめします“とあったので自分たちで行くことにしました。夜の8時過ぎに。
夜の奥の院を散策
見出しを付けたけど写真はありません。
というのも真っ暗なんで撮れません。当たり前か(^_^;)ほんと暗闇です。
聴いた事がない鳥?動物?の鳴き声がして雰囲気はよかったですよ(何の?)。
夜は武田信玄のお墓までいって引き返しました。
▼夜の門はちょっと怪しい(笑)
▼ライトアップされた仁王像と
▼イルミネーションで色が変化する曼荼羅。派手です。
▼宿坊の入り口。
この日の歩数は18000歩強。
因みに、金剛峯寺拝観から夕方の買い出し、夜の散策時に日本人の観光客には1人も会いませんでした。
皆さん欧米の方ばかりです。
最後までご覧いただきありがとうございます(●'◡'●)