こんばんは。ご訪問ありがとうございます。
再び駆け足見学した建物の紹介です。
写真もあまり撮ってなくて、残念です。
森鴎外・夏目漱石住宅
明治のごくありふれた住宅で、ずっと空き家だった家を明治23年から森鴎外が1年間、その10年後、明治23~39年まで夏目漱石が住んでいました。
下の写真は台所と勝手口です。
猫用の出入り口もありました。
森鴎外
森鴎外はこの家で「文づかひ」を執筆しました。だれもが知る明治の大文豪ですが、本業は陸軍の軍医です。
ヨーロッパに留学中に、欧米から日本の家屋は不衛生だと言われた事に対し「日本家屋論」という論文を発表して反論しています。
しかし、この家に関して“家が低く、立ち机に向かない。畳は不衛生。家の構造そのものが暖房に向かない”と認めていました。
夏目漱石
夏目漱石はこの家で「吾輩は猫である」「坊ちゃん」等を執筆しました。
特に「吾輩は猫である」の文中に掛かれる家の様子は、この家をよく表しているようです。
注)べるは、坊ちゃんは読んでますが吾輩は猫であるを読んでません(~_~;)
呉服屋
呉服屋とありますが芝居小屋です。
江戸時代からの伝統建築の名残を持つ芝居小屋で、地方巡業の歌舞伎、落語、講談、漫才などをやっていました。
一方で、立憲政治や社会主義の演説会なにも利用されて、大衆の遊び場、社交場であったと同時に政治でも重要な役割を持っていた芝居小屋でした。
ここは中を見てないんです。広いようですよ。
高田小熊写真館
写真は高度な技術を理科学の知識が必要で簡単になれる職業では無かった為、写真師は文明開化の花形で高い収入と大きな名声を得ていました。
ともて可愛らしい洋館です。
相変わらず写り込むのは娘です(~_~;)
撮影スタジオはとっても明るいです。
当時は人口照明が無かったので、屋根を一部ガラス張りにして光を取り込んでいました。
これをカーテンで調節していたんですね。
撮影の背景を有名なの絵師に頼んだり、撮影小物に舶来の高価な調度品を揃えて競っていたそうです。
菊の世酒蔵
1868年(明治初)頃築 旧所在地 愛知県刈谷銀座
明治村では珍しい和風瓦葺の蔵造りの建物です。
中にはお酒造りに必要な道具がずらりと揃っています。
酒蔵に関する資料の展示もありますよ。
宇治山田郵便局
郵便事業開始が決まった翌年の明治4年に、東京江戸橋に日本初の郵便局が出来ました。その後、各地に郵便局が建てられて宇治山田には明治5年に建てらました。
宇治山田郵便局は何度も移転をして、明治42年に伊勢外宮前に新築されたのが写真の郵便局です。
中がドームになっています。
明治村の宇治山田郵便局は、全国の郵便局と同じく、郵便貯金業務を行っています。
明治村限定の切手なんかもありますよ(*^^*)