旅のRESUME

体調不良の為、ブログタイトルと内容が合っていませんが、ご了承ください。

文化財の宝庫 博物館明治村 もったい無かった駆け足見学

こんばんは。ご訪問ありがとうございます。

今日はこまごまと紹介します。

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宮津裁判所法廷

1886年明治19年)築 旧所在地 京都府宮津市本町

明治になって法制度が整備されて、刑事訴訟が制定された裁判所が多数建設されました。

多くの裁判所は煉瓦造の洋風でしたが、この建物は和洋折衷の木造でペンキも塗られていない素のままです。
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中は洋風の造りになっていて、当時の裁判の様子を再現しています。

一段高い場所に裁判官と検事、初期、低い場所には弁護人と被告人がいます。

広い法廷に一部を移築したものですが、裁判官たちと弁護人たちとでは、法定への出入り口も別になっていたそうです。


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本郷喜之床(奥)と小泉八雲避暑の家


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本郷喜之床(奥)

1910年頃(明治末期)築 旧所在地 東京都文京区本郷

新井家経営の理髪店の二階の二間には、石川啄木が札幌の友人(たぶん金田一京助ですね)に預けていた母、妻、長女を呼び寄せて、家族で初めて一緒に暮らし始めた家です。

ここに住んでいた頃にに「一握りの砂」が出版されてます。

小泉八雲避暑の家

1868年(明治初年)築 旧所在地 静岡県焼津市

怪談で有名なラフカディオ・ハーンこと小泉八雲は松江で英語教師を経て、帝国大学から招かれて東京へ移り、帝大や早稲田で教えていました。

東京に移り住んでから夏を焼津で過ごすようになります。魚屋・山口乙吉の家です。

 

作品には「乙吉の達磨」「焼津にて」があります。

の二軒家を比べて

明治初年と明治末期の家。

2階の高さや軒の広さが違いますね。明治初年の家は、まだ江戸時代の造りですよ。

八雲避暑の家はお土産屋さんになっています(*^^*)駄菓子屋さんのような感じです。

手前から札幌電話交換局、安田銀行、中井酒造

(奥の三階建ては除きます)

明治村は1丁目から5丁目にエリアが分かれていて、ここは2丁目のレンガ通り、目抜き通り的な感じでしょうか。

分かりずらい写真ですみません(^-^;

 


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札幌電話交換局
1898年(明治31年)築 旧所在地 札幌大通

 石造りのモダンな建物ですが・・・ちょこっとしか写ってません(汗)。

モールス信号の発明~有線電話になり明治10年、開国の時代に大きく進化した通信手段ですね。

中には、歴代の電話機があります。

安田銀行
1907年(明治40年)築 旧所在地 福島県会津若松市

伝統的な土蔵造りに要所々に洋風なデザインを施してあります。

石造りの腰掛や窓の太い鉄格子などですね。

分かりずらい写真ですが、なまこ壁は会津の象徴です。 

中には当時のカウンターがあります。


中井酒造
1870年(明治3年)築 旧所在地 京都府中区御幸通二条

1878年から商売を始め、1803年に店を開業、豊臣秀吉が整備した通りに構えました。

1864年禁門の変で焼失して、その後再建された建物です。

軒が低く、屋根に緩いカーブがある京都伝統のつ造りです。

こちらは茶寮として営業しています。

 

東松家住宅

1901年(明治34年)築 旧所在地 名古屋市中区村入船町

江戸末期に平屋だった建物を明治28年に2階の前半分を増築、さらに明治34年に3階を増築した建物です。

江戸時代はどんなにお金持ちでも木造で高層の建物は建てる事を禁止されていたんですね。明治になって解禁されたものの、大正時代になって再び禁止になりました。

 

当時の木造3階建てで、残っているのは少ないそうです。

(現存するのは温泉旅館に多いですね)

 



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明治時代には油や、その後昭和初期まで堀川貯蓄銀行として営業をしていました。